ラジカセ以上ハイファイ未満

ミニコンポにつないだLS3/5Aで聖子ちゃんを聴く

もうひとつの未完成 〜 ルクー:ピアノ四重奏曲

長い梅雨が明けて暑くなり始めたこのタイミングで、なにも暑さ倍増するような曲を取り上げなくても良いのではないかと思いつつも、素敵な録音を耳にしてしまった以上、やっぱり書かないわけには行かなくなりました。やや早めのテンポで駆け抜けながら、輝くような青春の甘さと痛みを、情熱をもって十全に表現した快演だと思います(特に第一楽章)。エアコンの効いた部屋でお聴きください、きっと胸が熱くなるから。

open.spotify.com

 

夭折の作曲家ギヨーム・ルクー(1870-1894, ベルギー)は、印象派風の甘美なバイオリン・ソナタで知られていますが、その他の曲はあまり聴かれていないようです。しかし、一部には熱烈な愛好家がいるとも言われ、特に第二楽章までしか書くことのできなかったピアノ四重奏曲(ダンディ補筆)にはそれなりの数の録音があります。もう長いこと更新されていませんが、例えばこちらのサイト。ここで紹介されている録音11種類のうち、ブルーメンタール盤とグレトリーQ盤を除いて残りの9種類は聴いたことがあります。印象もそこに書かれているのとさほど違いはなくて、リシュナ盤、キム盤、イザイアンサンブル盤、ドーマスQ盤が好みに合っていたと思います。いずれもspotifyに無いのが残念ですが、逆に上のサイトでは紹介されていない3種類の録音が聴けます(シュピラー盤のみダブリ)。

 

一番味の濃いのがこれ。少々胃もたれするかも。

open.spotify.com

 

二番目が上にあげたFrith SQ盤で、三番目がこちら。カロリー八割ぐらいな感じかな。

open.spotify.com

 

これは薄味です。ここまで低体温だと、逆にこういうやり方もあったかという面白さがあるかもしれません。

open.spotify.com

 

スコアはこちら。

https://imslp.org/wiki/Piano_Quartet_(Lekeu,_Guillaume)

 

しかし、この第一楽章の構成はどうなっているのでしょうか、素人にはさっぱり分かりません。似たようなテーマが色々と現れて、新たな主題なのかそれとも変奏なのか区別が付かないし、三分の二ほどのところにある全休止*1の後、ここから再現部かと思えば出てきたのが第一主題じゃなかったり。作曲中にまさか24歳でお迎えが来ると思うはずもなく、とりあえずアイデアを全部ぶちこんでおいて後から彫琢するつもりだったのかもしれません。

"前の二つより、もっともっと美しくなる"とルクーが語った幻の終楽章は、もしかすると、もはや人間が聴いてはいけない領域の美しさだったのかもしれません。なおさら聴いてみたいけど。

 

<追記>

レコード芸術7月号の特集は「未完成作品の魅力」だったようですが、バックナンバーの目次にはルクーの名前は見当たりませんね。未完成作品リストの中には紹介されていたのかしら。

https://www.ongakunotomo.co.jp/catalog/detail.php?code=042007

 

 <追記2>

コメント欄で教えていただいたアンリ・コック等の演奏を、Goodies から出ているピアノ四重奏曲78CDR-3039とバイオリンソナタ78CDR-3005で聴いてみました。SPからの板起こしで、ノイズリダクションしていないということで、かなり盛大なスクラッチノイズが入りますが、youtubeにあげられているものに比べると楽器の音はリアルです。 https://www.youtube.com/watch?v=wrUJrKzm1mo 

ピアノ四重奏曲は1933年、バイオリンソナタは1932年の録音なので、今から約90年前、作曲からは約40年後の演奏です。今年松田聖子がデビュー40周年ということを考え合わせれば、この40年という年数はまだまだ作曲当時の演奏方法や雰囲気を留めているのではないかと思います。一番良くわかるのはポルタメントを常用した甘美なフレージングで(これより数年後に録音されたメニューイン盤ではそこまでやっていませんが)、作曲者はこういう演奏を想定して書いたのだろうと推測できます。それから音感の良くない私が言うのもなんですが、ピッチ感覚も現在の演奏家とは幾分違う感じがします。総じてルクーの耽美的な面の勝ったこの演奏を聴いているうちに、いつしかスクラッチノイズも気にならなくなり音楽に夢中になっていました。

また、オーディオ評論家の元祖のひとり上司小剣(1874年生ま-1947年没)がレコードを購入していた時期と重なっていて、もしかすると彼の千二百枚のコレクションに含まれていたかもしれず、愛機ブランスイツクの音を想像すると感慨深いものがありました。今回、ルクー演奏史上で重要な録音に接することができたのは貴重な体験であり感謝に堪えません。

*1:この全休止に至る長い繰り返しのクレッシェンドはちょっとブルックナー交響曲を思わせます。

いつまでも聴いていたい 〜 シューマン:ピアノ四重奏曲 Op.47 第3楽章

美メロは数あれどその筆頭に挙げられても不思議はない超浪漫的な曲、とは言い過ぎでしょうか。とにかくそのぐらい魅力的なので、いつどんな演奏で聴いても惹き込まれてしまいます。それが証拠に、spotifyにあった36種類の録音をプレイリストに投入してブラインド試聴しながらお気に入りマークを付けて行ったら最後にはマークだらけになってしまい、マークを付けた意味がなくなりました。これらの演奏の良し悪し上手下手は私には分からないので、何かしら特徴のある演奏を取り上げてみたいと思います。

 

演奏時間が最短なのは、Nils Anders Mortensen + The Engegard Quartet の5分45秒。快速テンポで流れるような演奏はなかなかに素敵です。

open.spotify.com

逆に最長は Festival Quartet の8分22秒。各自が伸ばせるだけ伸ばして歌い込んだこの演奏にも惹き込まれます。

open.spotify.com

最長は最短の約1.5倍もかけて演奏しているわけですが、それでもどちらも良い曲、良い演奏に聴こえるから不思議なものです。

ちなみに、演奏時間が平均(6分58秒)に一番近いのはQuartetto Klimtの7分00秒。演奏も特別に変わったことはやっていないと思いますが、だからと言ってこの曲を味わうのに何の不都合もありません。

open.spotify.com

 

次の二つは古楽器系でしょうか、素朴な音のするピアノと弦。前者は少し遅め、後者は少し速めのテンポですが、比べなければそれほどの違いがあるようには思えません。どちらも活気のある演奏であるうえに楽器の音が生々しく美しく録られていて魅力的です。

open.spotify.com

open.spotify.com

 

 第3楽章の構成はざっくり提示部A-中間部B-再現部A'-コーダ となっており、全体のキーはb二つの変ロ長調で、中間部Bのみb六つの変ト長調に転調します。冒頭、バイオリンの短いイントロに次いでチェロの奏でる主題がこの楽章の肝であり最初の聴かせどころです。

open.spotify.com

このエマニュエル・アックス+クリーブランドQは、他の団体の録音と違ってこのチェロのフレーズの三つのホ音を短めに切り、それぞれに大きさを変えて弾くのが印象的です(下の譜例1の赤枠)。他の曲だと煩わしく感じるかもしれないこのような表情付けも、この曲にはふさわしいと思います。チェロの後、バイオリンが同じメロディを弾くときにチェロがやったのと同じように三つの音の真ん中を少し大きめにしていますが、こういうことを即興的にできるのであれば演奏していてさぞ楽しいだろうなと思います。

f:id:whiteparasol:20200723104549p:plain

譜例1

上の譜例1に青枠で示すように、チェロの裏でバイオリンが前打音の付いた四分音符、ビオラが前打音なしの四分音符を奏でる部分、ここを違和感のあるくらいはっきりと演奏しているのがグレン・グールド+ジュリアードQの録音です。ビオラなんて "メ〜" というヒツジの鳴き声みたいに聴こえます。バイオリンが左チャンネル、チェロが中央、ビオラが右チャンネルに定位しているので、左から右へ音が動いてオーディオ的にもステレオ効果抜群です。

open.spotify.com

この録音で、チェロが主旋律を歌い終わり、それをバイオリンが引き継ぎ、その後グールドのピアノが主張し始めたところで何か唐突な感じを受けます(録音の1:29-)。その理由は何かと調べてみると、下の譜例2に青い矢印で示すところから、ピアノのメロディが伴奏より十六分音符だけずれるように書かれているからでした。そのため赤い矢印のように伴奏の隙間にメロディが入り込む形になります。グールドはここを楽譜通りにはっきりと弾いています。このグールド+ジュリアードQの録音は、シューマンが楽譜に残した個性的な部分(あるいは問題点)を聴き手に気付かせる演奏になっていると思いますが、決して解剖学的ということではなくて情緒的な聴き応えもあるものです。

 

f:id:whiteparasol:20200723105001p:plain

譜例2

そして逆に、上に挙げた譜例1, 2のような箇所をなるべく違和感を感じさせないように演奏したのがアンドレ・プレヴィン等の録音です。譜例1のバイオリンとビオラは目立たないようにかなり控え目に音を出しており、譜例2のピアノのメロディが入ってくる箇所では伴奏を小さくして十六分音符分のズレを意識させないように神経を使っています。そんなにたくさん聴いた訳ではないけれど、プレヴィンはオーケストラを指揮したときにも、こうしたビューティフルな仕上がりの演奏を目指していたように思います。"だから好き"という人と、"物足りない"という人がいてもおかしくありません。(私はどちらかというと後者かな。)

open.spotify.com

 

再現部A'ではピアノの低音の二つの八分音符に、下の譜例3の赤枠で示すとおりスタッカートが付いています。

f:id:whiteparasol:20200723114851p:plain

譜例3

しかし、ここは二つ目の音をドーンと延ばしたくなる誘惑がどうしても起きる訳で、多くの録音で二つ目が長めに演奏されています。例えばスタッカート無視も甚だしいClaire-Marie Le Guay+Mandelring Qの録音(3:47-)。

open.spotify.com

上に挙げたグレン・グールドでさえスタッカートを無視気味ですが、逆に楽譜どおりに清潔に演奏したのが Thomas Rajna+Arberni SQです(3:47-)。この速めのテンポの活気ある演奏を聴くと、やっぱりシューマンはこちらを望んでいたのではないかと思えて来ます。楽器の音が美しく録れているのも魅力的。中間部やコーダのシューマンの独り言のような場面はあっさりしすぎている感じもありますが、全曲を通して見れば好きなタイプの演奏のひとつです。

open.spotify.com

 

細かいことをあれこれ突き始めるとキリがないので、ここら辺で止めておきますが、また何か書きたくなったら追記するかもしれません。

チューニングだって音楽だ!

大瀧詠一のアルバム『A LONG VACATION』が松田聖子のアルバム『風立ちぬ』のA面と深い関係にあることは、ポップスファンならご存知かもしれません。しかし、クラシックの楽曲とも関係していることはご存知ないでしょう。というか、作曲者自身もご存知なかったかもしれません。
 
『A LONG VACATION*1はスタジオ録音だが模擬ライブの体裁をとっていて、冒頭にチューニングのシーンが収録されています。同様に、冒頭がチューニングのシーンから始まるのがルクーの「リエージュ民謡による対位法的練習曲」です。
 
ギヨーム・ルクー(1870-1894)

open.spotify.com

 

いやいや、冒頭だけじゃ生温い、全曲でしょ、というのがヴァレーズ の「チューニング・アップ」。途中で凄まじく混沌としてきますが、最後は全員がAに揃ってめでたしめでたし。このシャイー盤は、直後に「アメリカ」が置かれていて何のために入念にチューニングしたのかわからないという、そこはかとないユーモアを感じさせる優れた編集のCDだと思います。

 

エドガー・ヴァレーズ (1883-1965)

 
そして、そもそもチューニングを楽曲に取り入れようというアイデアを実践したのは(今日でも良く知られている作曲家では)ハイドンが最初でしょうか。これは冒頭ではなくて、演奏を始めたら調子っぱずれだったので途中でチューニングするという、いわば音楽的コントになっています。
 
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)

 

 この他にもあったと思うのですが思い出せません。ご存知の方はぜひ教えてください。
 

*1:spotifyに無いので音源の紹介は省略。

シベリウス:交響曲第7番 冒頭のティンパニ

音楽に興味を持ち始めた中学のころから積算すると結構な数の音楽評論とオーディオ評論に目を通してきました。評論を読みたいと願ってのことですが、ほとんどが感想文でした*1。好き/嫌い、良い/悪いを知りたいのではなくて、なぜそうなのかを知りたいのに。(感想文として面白いかどうかは作文技術の巧拙によるものなので、それはまた別の問題。)

 

でも、ごくたまに評論らしい評論に出会うこともあります。例えばこんな風。

 シベリウスの<交響曲七番ハ長調>作品105を聴く時、最初のティンパニの一音と、それに続く低音弦楽器の上行音階に、非常に重要な演奏の判断基準が秘められていることに気づく必要がある。つまり冒頭の低い「ト音」が、前打音を二個伴ったアクセント付加のピアノ(弱音)で奏されるティンパニの一撃であり、これが上行音階の出発音であることを留意していない演奏だと、ティンパニとチェロ+バスの音階の間が途切れて、一本の旋律として繋がらなくなってしまうのだ。(中略)

 ヴァイオリンの「ト音」から「変ホ音」までの短6度音程上行は、途中からティンパニオクターヴ下で補強を受けているのだが、ティンパニは「ト音」の持続でピアノからクレッシェンドするトレモロ。6度跳躍して「変ホ音」に達すると、今度はメッツォ・フォルテからトレモロディミヌエンド。ここで、このように6度音程がはっきりと輪郭を現している以上、開始のティンパニの「ト音」が単独の存在である筈がなく、続く上行音階動機と分離されて良い理由は全く見つからない。

 ティンパニの「ト音」から静かに始まって、上行と平行してクレッシェンドし、しかもこのクレッシェンドに楽器の増加が伴うという発想を持っている以上、開始音としてのティンパニの「ト音」が、ただ単に曲の開始というだけではなく、冒頭上行音階動機の出発音であることは明らかだ。こうして動機の冒頭音としてのティンパニの「ト」音の位置づけが説明される以上、演奏にも明確にそれが反映されなければならない筈だ。

〜 諸井誠著「交響曲名盤探訪」(1995年、音楽の友社発行)から引用

(ただし文字の着色は原著には無い)

 

ここには、ソ・ラシドレミ〜ではなくてソラシドレミ〜と演奏しなければいけない理由と根拠が明確に書かれています。上の引用文に着色した文字色と対応する箇所を、下のスコア抜粋に示します。

 

f:id:whiteparasol:20200712113446p:plain

 

 さらに諸井氏は、もし最初のティンパニの「ト音」を上行音階に含めずに上行音階が「イ音」から始まる(すなわちイ短調)と考えた場合を検討して、次のように述べています。

(前略)この上行音階旋律の頂点に来る和音(変イ・変ハ・変ホ)はイ短調とは全く無関係な変イ短調からの借用和音なので、よもやイ短調などと開始の調整を見誤ることはなかっただろう。説明があまりに複雑になり、専門化するのを恐れて、ここではこの和音の和声法的意味の説明は避けることにしたいが、少なくとも、イ短調とすれば、この変イ音上の短三和音の存在意義は著しく説明しにくいものとなる。

以上の論拠によって、ティンパニとチェロ+バスの音階の間が途切れずに一本の旋律として繋げた演奏が好ましいと結論付けているわけです。そこに例示された演奏録音をいくつか聴いてみましょうか。

 

■ テンポが速くて論外としながらも「ト音から始まる音階上行線の構造が非常に明確」と評されたムラヴィンスキー

www.youtube.com

 

■ 桁外れにゆっくりしているとしながらも「冒頭のティンパニの音程が正確」で「ト音からチェロのイ音への推移も音量のバランスが良好なので完全に一つの旋律線に聞こえる」と評されたラトル旧盤

www.youtube.com

 

■ 「私はサー・ジョン・バルビローリシベリウスを、この曲に留まらずシベリウス解釈の基本と見做している」と評されたバルビローリ新盤

www.youtube.com

 

このまま終わると単に諸井説のご紹介にとどまってしまいますので、さらに続きを考えてみましょう。諸井説の通り上行音階をイ短調とみなした場合にその上行音階の最後に置かれた和音(変イ・変ハ・変ホ)について和声学上の説明がつかないというのであれば、逆に、上行音階が冒頭のト音を含む場合(すなわちハ長調とになした場合)には和声学上の説明がつくはずです。

ひとりでは皆目見当もつかないので意を決してSNSで質問してみたところ、説明がつくどころかハ長調でその和音を使うのは(和声法上)意外感があるとのご意見を複数の方からいただきました。さらに、本来チェロで開始すべきト音をわざと音程を聴き取りにくいティンパニで演奏させると共にコントラバスをチェロから半拍ずらして二度の音程で濁らせ、とどめに変イの短和音を置くことでわざと調性を曖昧にしている節がありそうなこと。その後も旋法的に書かれていて、本当にハ長調が確立するのは60小節目のトロンボーンのソロまで待たなければならないとのことです。

もしそうなら、諸井説に従って演奏するとリスナーの耳を欺こうとしたシベリウスの意図に逆行するおそれも出てきます。だってシベリウスとしては、リスナーが上行音階をイ短調の音階として聴いてくれたなら、してやったりなわけですよ。そこをティンパニが正しい音程と正しい音量で「ト音」を叩き、チェロが正しい音程と正しい音量と正しいタイミングでそれに続いたら、上行音階がイ短調ではないことにリスナーが薄々気付いてしまうかもしれず、そんなことはシベリウスとしては断じて許せない…かもしれないではないですか。

実際に諸井派と非・諸井派がどの程度の割合なのか、spotifyで冒頭のみざっと聴いた印象を下記に示します。(※印はspotifyに複数の録音があった指揮者ですが、全てを網羅できているわけではありません。)

 

 <ティンパニが上昇音階の始まりの音に聴こえるタイプ(諸井派)>

(以上20種類、順不同)

 

ティンパニが上昇音階から孤立しているように聴こえるタイプ(非・諸井派)>

(以上29種類、順不同)

 

全体として見ると諸井派は4割程度でした。興味深いことに、複数の録音で諸井説を支持しているのはC.デイビスのみで、マゼールバーンスタインカラヤンは旧録音では諸井説を支持するも新録音では不支持という心変わり派でした(諸井氏は楽曲全体の演奏としてはカラヤンの新録音を称賛していますがティンパニの出来については触れていません)。

逆に、4種類の録音でいずれもティンパニを孤立気味にしているのがシベリウススペシャリストであるベルグルンド。2種類の録音ではヴァンスカとインキネンとストコフスキーです。

こういう場合、諸井説が正しい/間違っている、とすぐに白黒を付けるのは違うと思います。そうではなくて、諸井説を採った場合、楽曲全体へはどのような影響があるのか、どのように演奏すべきなのか、反対の立場を採った場合はどうなのか、そしてそれはなぜなのか、そういったことをあれこれ考える楽しみもクラシック音楽には余白として残されていると思うからです。(ポップスの場合だったら難しいことを言うのはご法度です。考えるな、感じろ!というのがポップスの教義なので。残念ながら最近はクラシック界もそちらの方向への言論統制が強まってきているようです。)

 

 末筆ですがSNSでお世話になった皆様、ありがとうございました。教えていただいたことを忘れてしまわないようにここに書き留めておきます。

 

<追記>

シベリウス交響曲第7番冒頭とブラームス交響曲第3番冒頭のスコアを並べてみると、なかなか面白いです。拍子はどちらも三拍子系、低弦が半拍ずれながらリズムを刻み、それに乗って直線的に上がる/下がる旋律線。音にすると全然違うのですが。詠人しらずの格言「良い芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む」とはこういうことを言うのでしょうか。

 

f:id:whiteparasol:20200716221631p:plain

シベリウス第7番の冒頭

f:id:whiteparasol:20200716221726p:plain

ブラームス第3番の冒頭

 

 

*1:外国はいざ知らず、こと日本では高価だったレコードや蓄音機のお買い物ガイドの文章がそのまま"音楽評論"として定着したという哀しい歴史があるからだと思います。

大切なものは目に見えない 〜 ブラームス:交響曲第3番第2楽章

「大切なものは目に見えない」とは『星の王子さま』に登場するキツネが王子さまとの別れ際に言う有名なセリフですね。この言葉の解釈として次のような通説がwikipediaに紹介されています。

キツネとの対話は、この作品の重要な場面である。あるものを他と違っていとしく思うことができるのはなぜなのか。自分の愛情の対象であった小惑星やバラへの自信を失って悩む王子に対して、キツネは「仲良くなる」とはどういうことかを通じて、友情、ひいては愛情(人間愛ではなく恋愛的な意味での愛情)についてを語ることになる。「大切なものは、目に見えない」という作品上の重要な台詞が登場するのもこの場面である。この台詞に基づく考えは後にも登場し、「砂漠が美しく見えるのは、そのどこかに井戸を隠しているから」、さらには「夜空が美しく見えるのは、そのどこかに王子が今もバラと暮らしているから」という考え方に繋がるのである。

この「大切なものは目に見えない」と言う言葉を先取りする形で作品の冒頭に置かれた "帽子にしか見えないけれども実は像を呑み込んだボアの絵" のエピソードは、単に物語を始めるきっかけに過ぎないのでしょうか。上に引用した通説のように読めばすぐに分かる(=目に見える)感動的な人生訓とは別に、一度読んだだけではわからない(=目に見えない)隠されたメッセージ(=大切なもの)が作品に含まれていることを暗示しているようにも思えるのです。それが何かは私にも分かりませんが。

 

マクラにこんな話を持ってきたのも、先日の記事を書くために聴き直したブラームスの第3交響曲でちょっとした発見があったからです。 それは第2楽章の終わりの方、下にスコア抜粋で示す箇所です。第117-118小節(青枠)ではフルートとオーボエG#(Gisで記されており、第120-121小節(赤枠)ではフルートとオーボエAb(As)で記されています。このG#Ab異名同音と言われるものですが、同じ高さの音なのに、なぜ#とbで書き分けてあるのか?というのがひとつ目の疑問。そしてふたつ目の疑問は、第117-118小節(青枠)ホルンのみAbと記されているのはなぜか?ということです。

 

f:id:whiteparasol:20200710215226p:plain

 

 ひとりで考えていても分かりそうもないのでSNSで尋ねたところ、ひとつ目の疑問については、次に奏される音が高ければ#(シャープ)で、次に奏される音が低ければb(フラット)で記すルールがあるとの回答をいただきました*1。スコアをみると第118小節(青枠)のフルートG#から同じ小節のバイオリンA(オレンジ矢印)へ上行しており、第121小節(赤枠)のフルートAbから同じ小節のバイオリンG(ピンク矢印)へ下行しているので、たしかにルール通りに書かれています。

それではもうひとつの、第117-118小節(青枠)ホルンのみAbと記譜されているという問題はどうでしょうか。本来はG#とすべきなのになぜAbなのか?  ひょっとしてブラームスの書き間違え?

ここから少しややこしくて予備知識が必要です。音名AbとG#は平均律では同じ高さの音(ピアノでは同じ鍵盤)とされていますが、本来は" ピタゴラス音律 - Wikipedia "の表に示される通り、互いに高さ異なる音です。すなわち、D6=1174.7Hzとして周波数を計算すると、

Ab = 1174.7Hz*1024/729 ≒ 1650Hz

G# = 1174.7Hz*729/512  ≒ 1673Hz

となり、G#の方がAbよりも23Hzほど高い音なのです(周波数が大きいほど高音)。

大昔のナチュラルホルン(バルブの付いていないホルン)であればAbの音しか出すことができなかったけれども、ブラームスの時代にはすでに普通に使われていたバルブ付きホルンならAbとG#を吹き分けることができたとのこと。そうであればなぜG#と書くべきところをAbと書いたのか。SNSからいただいた回答は、ブラームスナチュラルホルンの使用を想定していたからではないか、ということでした。そうと知ってからwikipediaの次の記述を読めば、なるほどと納得できるのではないかと思います。

自身もホルンを演奏したブラームスは、当時のドイツでは殆どバルブホルンに代わっていたにもかかわらず、ナチュラルホルンを好んだ。ブラームス管弦楽作品におけるホルンパートは、ナチュラルホルンを意識した擬古的な書き方になっている。

ホルン - Wikipedia

 

 少なくともこの交響曲第3番ではナチュラルホルンを使ってくれると嬉しいな、というのが表には書いてないブラームスからのメッセージなのでしょう。わからん奴は書き間違えと思ってくれて結構。指揮者とホルン奏者だけに伝われば良い。伝え聞くブラームスの性格に照らすといかにもありそうな話です。

「大切なものは目に見えない」、これはその具体的な一例かと思って記事を書いてみました。いつか、サンテグジュペリが『星の王子さま』に潜ませた別のメッセージも読み解くことができたらと思います。できないかもしれませんが。

 

末筆ですがSNSでお世話になった皆様、ありがとうございました。教えていただいたことを忘れてしまわないようにここに書き留めておきます。

*1:"ところが平均律でどうしても解決しない音に一つ「導音」ていうのがあるんです。「導音」というのは上行導音は少し高く、下行導音は少し低く弾かないとやっぱり人間的な感覚に合わないから、これは変えるんですね。"〜P.34 齋藤秀雄著「齋藤秀雄講義録」1999年11月25日白水社発行

J.S.Bach: フーガ イ短調 BWV947

ある夏の暑い晩、FMラジオから流れてきた清涼な音色に一目(耳)惚れ。小遣いを握りしめてレコード屋に走った人生初のLPがモダンジャズ・カルテット(MJQ)とローリンド・アルメイダの『コラボレーション』(1964年)でした。そこで「フーガ イ短調」を知ったので、この演奏が原曲として刷り込まれてしまいました。

open.spotify.com

 

いろいろな「フーガ イ短調」を聴いてみたいと思いますが、まずは正統派のチェンバロでの演奏。

open.spotify.com

 

次はピアノで。

open.spotify.com

 

重々しいパイプオルガン。

open.spotify.com

 

かなり変わり種、エレキギターによる演奏。ギュイーン。

open.spotify.com

 

胎教なのか、英才教育なのか。

open.spotify.com

 

変わったのが二つ続いたので、ストリングスでお耳直し。

open.spotify.com

 

最後は、リュートみたいな素敵な音色のチェンバロで。

open.spotify.com

 

以上、煮ても焼いてもバッハはバッハでした。

クラシックぽいBGM

茶店BGMの備忘メモの続きです。こちらはクラッシックぽいけど、さほど古くないもの。

 

カッチーニ作曲と偽って発表された曲だそうです。

open.spotify.com

 

最近テレビで流れてヒットしたとのこと。

open.spotify.com

 

同じ作曲者の似たような曲。 

open.spotify.com

 

 映画音楽はオペラから地続きなのでクラシック風なのは当然かも。

open.spotify.com

 

このルックスでこんな曲を弾かれたんじゃあ人類の半分を敵に回した福山雅治。半分を味方につけたとも言えますが。

open.spotify.com

 

ヒストリカル音盤についての超マニアックな番組youtubeで配信しておられる作曲家・指揮者の徳岡直樹氏の新作。そろそろ正式録音がリリースされるようです。

www.youtube.com

 

<追加>

徳岡直樹作品が公開されました。

www.youtube.com

ブラームス:交響曲第3番 冒頭1分間の名演を探せ!

よくコメントをくださる方とのお話の中でブラームスの第3交響曲が話題に上り、そういえばレコードやCDをあれこれと買った割には本当に気に入った録音というのはベルグルンド盤の他に何があったのか定かではないことに気がつきました。そこでこの際だから気合を入れてspotifyにある170種類!の録音の聴き比べをしようと思い立ちました。もちろん、全曲を聴き通すことはできないので、第1楽章の冒頭1分間程度だけの試聴です。私には、交響曲を音の構築物として捉えて各部分と全体との関連性を理解しながら聴くというような正しいクラシック音楽の聴き方は無理で、その瞬間に発生した音響が面白いかどうかという判断しかできないことを逆手に取った(開き直った)試聴方法です。もちろん、先入観が入らないようにspotifyのプレイリストを使って演奏者名を見えなくして試聴しました。

 この第3番はブラームスの英雄交響曲と言われるように冒頭から勇壮に開始する演奏も多いのですが、私にはその裏で半拍ずれて刻まれるビオラとそれに加勢する第2バイオリンをしっかりと聴きたいという、いささかひねくれた嗜好があります。これはもう理屈ではなくて感覚的なものです(下のスコア抜粋に赤枠で示す部分)。

 

f:id:whiteparasol:20200704085347p:plain

f:id:whiteparasol:20200704085405p:plain

f:id:whiteparasol:20200704085419p:plain

f:id:whiteparasol:20200704085435p:plain


1分間とはいえ一気に聴き通すのは無理なので何回かに分けて聴いた結果、冒頭1分間大賞に輝いたのは、ウィリアム・スタインバーグ指揮/ピッツバーグとジェラード・シュワルツ指揮/シアトル響でした。(拍手)

<追記>

あらためて聴き直してみたら、シュワルツ盤は出だしの刻みがよくわかりませんね。後半の印象に引っ張られたようです。我ながらいい加減ですみませんが、シュワルツ盤は撤回して、スタインバーグの単独一位としたいと思います(もちろんベルグルンド盤は別格として)。あと、次点に挙げた録音はどれも良いと思いました。

 

しかしスタインバーグ盤は高音が強めの録音であるうえ、テープがワカメになった時のようなフラッターがあって、最初だけなら良いけど全曲を聴き通すには覚悟が必要です。この指揮者のストレートな芸風は好みに合っていて、ブル7や惑星のCDを愛聴しているので残念至極。

その点、シュワルツ盤は雰囲気の良い録音でスイスイ気持ちよく聴けます。ただし、もし某評論家氏が聴いたなら "こんなにナヨナヨした…(中略)…といえよう" くらいのことは言われかねない柔らかめの演奏です(直線番長スタインバーグとは対照的)。

 

 

open.spotify.com

open.spotify.com

 

次点はたくさんあります。

ザンデルリンク(旧)、ヨッフム(ステレオ)、ギーレン、クーベリック(モノラル )、クーベリック(ステレオ)、サバリッシュ(モノラル )、ジンマン、マゼール、ラトル、アーノンクールサラステ、スラットキン、ツェートマイア、レヴァイン、オロスコエストラーダ、クーン、マズア、ネゼセガン、トランブレ、ダウスゴー <以上、順不同>

 

 トスカニーニフルトベングラーワルタークナッパーツブッシュクレンペラーなど大指揮者と言われる人たち、それに続くベームカラヤンバーンスタインショルティジュリーニアバド、メータ、バレンボイムムーティなどのビッグネームは、結果として全く引っかかりませんでした。

 

逆に、上の楽譜の赤枠部分はそれほどでもないのだけれど、なんとなく雰囲気で心惹かれたものもありました。

タバコフ/ソフィアフィル

open.spotify.com

 ライタ/スロバキアフィル(注:不良音源でしたが、良好なものに差し替えました。)open.spotify.com

 

 カラヤンシェフの超高級料理よりもB級グルメみたいな演奏が好みであることが露呈してしまって自分でもちょっとショックですが、ブラインド試聴の結果なので受け入れるしかありません。(駄耳の極みといえよう。)

 

<追記2>

同曲の別録音を数多く聴くことのメリット?のひとつは、たまにこういった面白い演奏に行き当たることです。コーヒーを吹きそうになる凄演(笑演)。

open.spotify.com

 

<追記3>

Spotifyでは聴けない、小編成オーケストラによる初録音(1997年)といわれる Sir Charles Mackerras / Scottish Camber Orchestra (TELARC CD-80450)の全集を入手しました。ワンポイント録音が売りのようで、残念ながら各声部が均等に聴こえるようなバランスには仕上がっておらず、冒頭1分間に限っては凡庸な出来でした。

喫茶店のBGMから

一時期、目が良くなる3D画像という本が書店の店頭に並んでいました。例えば、下の写真をぼーっと眺めていると突然、"TOAST AND EGGS"という文字と卵が浮かび上がって見えます。

 

https://tkj.jp/bookimage/12460901_20051228123542.jpg

引用元: 宝島社 https://tkj.jp/bookimage/12460901_20051228123542.jpg

 

茶店でコーヒーを飲みながらニュースを読んだりしていると、それまで漫然と聞き流していたBGMの中からメロディーが浮かび上がってくることがあります。スマホに聴かせると曲名と演奏者を教えてくれるので便利です。これってヘンデルだったんだ。

open.spotify.com

 

次も有名なメロディーですね。さすがヘンデル

open.spotify.com

 

またヘンデルかと思ったら、これは民謡でした。紛らわしい。

open.spotify.com

 

いかにもシューベルトしたメロディーですが、何の曲かとなると覚えてません。

open.spotify.com

 

これはエルガーらしい長閑さ。

open.spotify.com

 

以下は初めて聴いたメロディーです。こういうのを見つけると嬉しいですね。

open.spotify.com

 

ケクランはぼんやりしたのが多いけど、チャーミングなのもあります。

open.spotify.com

 

マスネーですね〜

open.spotify.com

 

現代の作曲家でもこんなの書いてます。

open.spotify.com

 

冒頭のアルペジオグラナドスの「オリエンタル」かと思ったら、初めて聴く曲でした。これはアルバム丸ごとギター伴奏の素敵なイタリア民謡集。

open.spotify.com

 

以上、喫茶店で聴いたちょっと気になるメロディーの備忘メモでした。

 

 

 

歳を取れば音楽は深まるのか?

以前の記事に書いたspotifyのプレイリスト機能によるブラインドリスニング(先入観を避けるために演奏者名を伏せて聴く)によってこの録音を見つけました。モノラル録音ですが、意外なほど鮮明でパートの分離も良いものです。というか、時代的にまだ録音機材の性能の制約があって、小編成のオーケストラで録音したのかもしれません。また、これもSPレコードの録音時間の制約のためか速いテンポで小気味よくサクサクと進みますが、スコアに書かれた表情付けはよく再現されていて最近の古楽器演奏に通じる感じもします。そして、演奏者名を見てびっくり。41歳(1940年)のバルビローリが指揮するニューヨークフィルでした。

open.spotify.com

 バルビローリのブラームス第二番といえば、世評が真っ二つに分かれるウィーンフィル録音(1966年, 67歳)が有名ですね。日本を代表する音楽評論家吉田秀和によって酷評*1される一方で、レコード芸術誌などでは名盤としてよく取り上げられていました。リスナーの選ぶ名盤特集で一番人気だったことがあったかもしれません。なぜかspotifyに無いのでyoutubeのものを貼っておきます。 

 

www.youtube.com

 

参考までに演奏時間を並べると次の通り。

1940年(41歳) 1 - 12:53 2 - 8:31   3 - 4:30 4 - 7:59

1966年(67歳) 1 - 15:37 2 - 10:28 3 - 5:42 4 - 9:58*2

 

もう一人、同じオーケストラの例。バーンスタインが44歳(1962年)でニューヨークフィルを振った録音です。

open.spotify.com

 そして、64歳(1982年)でウィーンフィルを振った録音。

open.spotify.com

 演奏時間は次の通り。

1962年(44歳) 1 - 15:13  2 - 10:08 3 - 5:14 4 - 9:30

1982年(64歳) 1 - 20:48 2 - 12:02 3 - 5:33 4 - 10:06 

1982年盤は第一楽章の5:20辺りで提示部を繰り返していることを考慮すると、第二楽章が2分近く長くなったことを除き、大きくは変わっていません。

 

こうして、この二人の指揮者の20年あるいは26年を隔てた録音を聴いてみると、両者とも歳を取ってからの方が、より歌謡性に重心を置いた演奏になっているように思いました。新盤はウィーンフィルということもあってオーケストラの音色の点では旧盤に優っているとも言えるのですが、それには録音が新しいことも有利に働いているはずです。そして、楽器が多くて複雑に書かれている箇所では、両者とも主旋律重視の新盤よりも対旋律にも気配りのある旧盤の方が音楽が立体的に聴こえて、ブラームスの言いたいことがよく分かるような気がします。

ということで、上記の例からは歳を取ってからの演奏の方が優れているとは一概には言えないように思います。少なくとも私の好みからすると両者とも若いときの演奏に、より魅力を感じました。 楽器奏者とは違って指揮者は音を出さない演奏家なので肉体的な衰えが分かりにくいのですが、オーケストラの楽員からどう見えるのかちょっと興味が沸きます。"奴さんが何を振ったつもりか知らないけれど、俺はブラ2を演奏したぜ"、てなもんでしょうかね。

*1:「私は、この演奏がまったく気に入らなかったのである。それはもう、初めの第一小節のチェロとコントラバスがユニゾンでd・cis・d-aとやる(譜例は引用せず)、その演奏からして、もう、いけないのである。どうして、こんなに重苦しいテンポではじめ、第二拍子に向かってクレッシェンドし、それから第三拍子でもディクレッシェンドするのか? こういう出だしのうえに、以後、どこをとっても、すべてが重苦しいばかりでなく不自然なのである。 <中略> それに、せっかくヴィーン・フィルハーモニーというすばらしい楽器を手にして、ブラームス の指揮に失敗するようでは、名指揮者もないものではないか!」〜『世界の指揮者』(新潮社)から引用

*2:1966年盤のタイミング情報は次のサイトより引用

https://www.discogs.com/ja/Brahms-Sir-John-Barbirolli-Vienna-Philharmonic-Orchestra-Symphony-No2-in-D-Major-Op73-Tragic-Overtur/release/8275780

 

そうだ、ゲンダイオンガクを聴こう 〜 ヴァレーズのアメリカ

エドガー・ヴァレーズ(Edgard Varese 1883-1965年)はストラヴィンスキー(1882-1971年)と同時代の作曲家ですが、なんだかずっと後の人のような気がするのは、最初に聴いたのがNHK-FMラジオ番組「現代の音楽」だったからかもしれません。何十年も前のこと、物置に放り込まれていた古い真空管ラジオを掘り出して自分専用に使っていました。(モノフォニックのニアフィールドリスニングの原点。カザルスの無伴奏チェロにもショルティのハルサイにもキースのケルンコンサートにも、これでめぐり合いました。)

f:id:whiteparasol:20200622214146p:plain

真空管ラジオ

当時でも「春の祭典」(1913年)は通常のクラシック音楽番組でかかるのに、ヴァレーズの「アメリカ Ameriques」(1920年)は"ゲンダイオンガク"としての扱いでした。どうやら本邦初演が21世紀に入ってかららしいので無理もありません。ネット上で確認できる実演は次の4回です。

幸いなことに、このうちの一回を体験できましたが、こういう巨大編成の曲は実演でこそ真価を発揮すると思います。お金はかかるし、観客は呼べないし、オーケストラの事務局としてはやりたくない曲目の筆頭かもしれませんが。

 

そうは言っても上演や録音の機会は少しずつ増えているようで、spotifyで検索したら16種類もあります。全部聴いたわけではありませんが、気に入ったのはマイケル・ティルソン・トーマス指揮サンフランシスコ響のライブ。何が良いかというと、曲が終わった後の観客の歓声が素晴らしい(笑)

f:id:whiteparasol:20200623224014p:plain

spotifyアメリ

 

open.spotify.com

 

"アメリカ"は、ちょっと聴くと"ハルサイ"のパクリです。冒頭のフルートからしてそうですが、聞いたようなモチーフが色々と登場します。しかし、"ハルサイ"が強烈なビートを持つ古代の儀式だとすれば、"アメリカ"はランダムノイズ的な現代の都会の喧騒。ビートはすぐに断片に分断されてしまい、聴衆はノリを共有できません。"ハルサイ"に良く似た姿の、"ハルサイ"から最も遠い音楽・・・なんて書いたら東京ビートルズを思い出してしまいました、ビートルズによく似た姿の、ビートルズから最も遠い音楽を。

open.spotify.com

 

 <追記>

プロギタリストの長谷川平蔵さんのブログに、"バルトークの「増4度近親理論」"という言葉が載っていました。調性音楽で最も遠い調は増4度ですが、意外にも代理関係があるということのようです。遠いものは良く似ており、良く似ているものは遠い。なかなか示唆に富んでおります。

https://ameblo.jp/hisashi-bossa-nova/entry-11625437458.html

 

 

 

 

spotifyでブラインドリスニング

クラシック音楽を聴く楽しみの大きな部分を占めるのが聴き比べでしょう。特に録音で聴くのであれば。しかし、小生などは先入観のかたまりみたいなものですから、演奏者名が表示されていれば耳で聴かずに目で聴くことになります。


そこで思いついたのが、spotifyの検索機能とプレイリストのランダム再生機能を活用したブラインドリスニング。あらかじめ検索機能で同曲異演を見つけて一曲ずつプレイリストに登録しておき、十分な曲数が集まったらランダム再生モードに設定する。これで、次に再生されるのがどの演奏者のものか全くわからなくなります。そうして気に入ったり気になったりする演奏があればハートマークをクリックして印を付けておく。リストに演奏者名が表示されないのは普段は使いにくいけど、ブラインドリスニングには向いています。
 

f:id:whiteparasol:20200607001601p:plain

spotifyのプレイリスト

このプレイリストの写真はブラームス第2交響曲第4楽章を集めたものです。この中に気に入った演奏があったので演奏者名を見ると、アーノルド・カッツ指揮ノボシビリスク・フィルという誠に怪しげな音源*1。駅売りCDによくあった幽霊指揮者・覆面オケかと思って検索したら実在でした。"シベリアのカラヤン"という称号?もあるようですが、小生の耳はカラヤン盤をスルーしてカッツ盤に引っかかりました。カラヤンごめん。 アルノルト・カッツ - Wikipedia

open.spotify.com

 

そして、なんとyoutubeにブラ2の実演が上がっていました。十八番なんでしょうか。小生が見たときにはupから7ヶ月で再生回数はトホホの48回でした。体育館みたいなところでの演奏*2。棒の動きは小さく基本的にテンポは動かさない堂々たる指揮ぶりです。ブラボー!

なお、第一楽章の提示部の繰り返しは実演では省略しています。

 

www.youtube.com

 

*1:spotifyには複数の音源があるが、上に挙げたもの以外は変調ピロピロ音が入っていてNG。

*2:天井からマイクが4本ぶら下がっていて、なぜかチェロの音が大きく録音されている。

偉大な交響曲の素敵?な編曲

 前回の記事で引用したBBCミュージックマガジンの 史上最高の交響曲20 は、いろいろと弄り甲斐のありそうなリストですので、さっそく活用させていただきます。

交響曲のアレンジというとピアノ編曲が多いようですが、そうでないものもありますね。今回はピアノ以外の楽器のための編曲で、思い出したものをSpotifyで集めてみました。まだ他にもいろいろあるのではないかと思いますので、ご存知でしたら教えていただけると嬉しいです。

 

01 - Beethoven 3
02 - Beethoven 9
03 - Mozart 41
04 - Mahler 9
05 - Mahler 2
06 - Brahms 4
07 - Berlioz Symphonie fantastique
08 - Brahms 1
09 - Tchaikovsky 6
10 - Mahler 3
11 - Beethoven 5
12 - Brahms 3
13 - Bruckner 8
14 - Sibelius 7
15 - Mozart 40
16 - Beethoven 7
17 - Shostakovich 5
18 - Brahms 2
19 - Beethoven 6

20 - Bruckner

引用元:BBCミュージックマガジン  指揮者151人が選ぶ「史上最高の交響曲20」(2016年9月号)https://www.classicaltyro.com/blog/files/20-greatest-symphonies.html

 

open.spotify.com

 

open.spotify.com

 

open.spotify.com

 

open.spotify.com

 

open.spotify.com

 

open.spotify.com

ブラームス好きなら第1と第4?

指揮者のピエール・モントゥは終生ブラームスを敬愛しており第2交響曲を聴きながら亡くなったという投稿を某SNSで見かけて、"本当のブラームス好きなら第1と第4" という説を思い出しました。たしか15年か20年ほど前、当時盛んだったBBS「クラシック井戸端会議」か「クラシック招き猫」の話題だったような気がしますが、定かではありません。なるほど、私の場合ブラームスは曲次第だし、交響曲なら第2と第3だと思ったので印象に残っているのです。

ブラームス愛好家かどうかはさておき、世間の評判はどうなっているのか調べてみましょう。

まずは、BBCミュージックマガジンの指揮者151人による交響曲20選。151人にはズビン・メータサイモン・ラトル、レナード・スラットキン、マリン・オールソップ、アンドリュー・デイビス、アラン・ギルバートといった有名人も含まれています。

01 - Beethoven 3
02 - Beethoven 9
03 - Mozart 41
04 - Mahler 9
05 - Mahler 2
06 - Brahms 4
07 - Berlioz Symphonie fantastique
08 - Brahms 1
09 - Tchaikovsky 6
10 - Mahler 3
11 - Beethoven 5
12 - Brahms 3
13 - Bruckner 8
14 - Sibelius 7
15 - Mozart 40
16 - Beethoven 7
17 - Shostakovich 5
18 - Brahms 2
19 - Beethoven 6

20 - Bruckner

引用元:BBCミュージックマガジン  指揮者151人が選ぶ「史上最高の交響曲20」(2016年9月号)https://www.classicaltyro.com/blog/files/20-greatest-symphonies.html

 

それではアマオケ奏者はというと、

01 - Tchaikovsky 5

02 - Brahms 1

03 - Brahms 4

04 - Rachmaninov 2

05 - Beethoven 9

06 - Dvořák 9

07 - Dvořák 8

08 - Tchaikovsky 6

09 - Brahms 2

10 - Berlioz Symphonie fantastique

11 - Saint-Saëns 3

12 - Beethoven 5

13 - Mahler 1

14- Sibelius 2

15 - Shostakovich 5

16 - Beethoven 3

17 - Tchaikovsky 4

18 - Mahler 5

19- Dvořák 7

20 - Bruckner 4

引用元: ロマン派音楽研究会 ROMUVE 「アマチュアオーケストラ奏者が好きな交響曲」(アンケート期間 2017年4月〜2018年4月)https://romatik-musik-verein.jimdofree.com/sitemap/

 

そしてコンサートゴーアは、

01 - Dvořák 9 

02 - Brahms

03 - Mahler 1 

04 - Tchaikovsky

05 - Bruckner

06 - Beethoven 9 

07 - Shostakovich 5 

08 - Schumann

09 - Beethoven 5

引用元:新日本フィル「あなたが選ぶベスト交響曲」(アンケート期間 2015年5月〜11月)http://classic.xii.jp/wp/news/?p=3238 

 

結果は、聴かせたい人(指揮者)と弾きたい人(アマオケ奏者)と聴きたい人(コンサートゴーア)全ての支持を得たのが第1番、次いで演奏側(指揮者、アマオケ奏者)の支持を得たのが第4番と第2番(ただし第2番は第4番よりもかなり下)となりました。

つまり、特にブラームス好きじゃなくても、第1≒ 第4 > 第2 >> 第3の順でした。普通なら映画に使われた第3番が一番人気になるはずですが、ブラームスではダントツの不人気とは。どんだけダメな奴なんだ。

ブラームス愛好家は第1、第4なんか聴いてる場合じゃなくて、なんとかして第3を救わなければなりません。第3普及委員会発動せよ!

 

<追記>

ローリングストーン誌のプログレシブロックアルバム50選の10位に選ばれたイエスの『こわれもの』にはブラ4第3楽章のキーボード多重録音版が入っていますが、これが妙にリズムの切れの悪い演奏になっているのは何かクラシック音楽を揶揄する目的でもあるのかと勘ぐっております。

open.spotify.com

www.rollingstone.com

 

苦手な作曲家

あるSNSを眺めていたら苦手な作曲家というトピック上がっていて、予想通り、私の好きな作曲家が苦手と言われたら気分が悪いのでそんな話題は止めてほしいという旨の反論が出ていました。是非はともかくとして、苦手というのは聴き手側の問題だろうし、芸術作品としては全く関心がないと言われるよりは大分マシな気がします。何か届いてるものがある訳なので。

 

恥ずかしながら小生はショパンが少々苦手なのですが、以前にコーヒーチェーン店で記事を読んでいるときに、それまで背景音にすぎなかったBGMの中から突然立ち上った曲がありました。ショパンだろうとは思いましたが、曲名はわかりません。翌日も同じ時間帯に行ったら同じ曲がかかったので、慌ててスマホに尋ねたところ、どのレコードかまで教えてくれました。便利な時代ですね。

open.spotify.com

 

楽譜を見ながら聴いてみると、どうやらAメロからBメロに移ったあたりで私の意識に割り込んで来たようです。(次の楽譜の5小節目から)

f:id:whiteparasol:20200610204909p:plain

ショパン ノクターン Op.9 No.3

Bメロのコード進行はキーをCとすると、 GonB | Am7 | D7onA | GM7 | CM7onG | F#m7-5 | B7onF# 〜でしょうか、どうやらこのD7から移行したGM7とそれに続くCM7の響きにやられたようです。なんてロマンティック!

楽譜を見て気づいたことには、アルペジオを構成する4つの音のうち2つの音が次の小節でも維持され、2つの音だけが変化するように書かれているんですね(上の楽譜の赤い矢印)。なんだかこの作品の秘密をちょっと覗いたような気がして嬉しくなりました。小生は楽器が弾けないので楽譜を分析するのも苦手ですが(間違ってたら教えてください)、こういった小さな発見があると苦手意識も多少は改善されるんじゃないかと思います。

spotifyにはおびただしい数の同曲の録音があるのだけれど、聴いた限りで件の箇所が腑に落ちるのはフランソワ盤だけです。それだからと言って良いのか、今まで他の演奏でこの曲を聴いてピンと来なかったのかもしれません。作曲家や楽曲との相性もありますが、演奏者との相性というのもありそうです。フランソワ盤のおかげで、少しショパンに近付けたような気がしています。

 

そういえばクラシック音楽を聴き始めたころ、シベリウス交響曲第2番のオーマンディ盤を買ったときには何がなんだか分からず、小遣いを損したような気がしてずっと苦手だったのですが、その後ラジオで交響曲第7番(バルビローリ盤)を聴いて改心したこともありました。不思議なことに第7番が気に入ると自然に第2番も気に入るようになったので、人間とはいい加減なものです。(それはお前だけ?)

 

♪ 嫌い あなたが大好きなの

嘘よ 本気よ♪

〜『小麦色のマーメイド』より

 

〈追記〉

漫画家ジョージ秋山氏の追悼記事中に"敬して遠ざけてきたのは苦手意識によるところが大きい。"という記述があって、やはり苦手というのはそういうことなんだろう思いました。時間が経つと消去されそうな記事なので、少し引用させてもらいます。

頭でっかちの私などでは到底語れないほど、ジョージ秋山の作品世界は深い。

 それはプリミティブな語りであり、プロットの構築やキャラクターの造形といった洗練されたコンテンツ作成のノウハウから逸脱した、もっと本源的なものだ。神話や口承文学に近いものであり、安易な計算ずくの作劇術では醸し出せないエネルギーをはらんでいる。

 だからこそ、「頭でっかちの読み手」である私は、ジョージ秋山の作品を敬遠し、一方で再読せずにおられない引力を感じてきたのだろう。

 ジョージ秋山は「語りえないもの」を語れる、稀有な作家だった。

追悼「語りえないもの」を描いた天才:ジョージ秋山『捨てがたき人々』(新潮社 フォーサイト) - Yahoo!ニュース